Progress in Medicine 11月号

櫻堂渉の過去の文献一覧です。糖尿病性腎症の管理と治療−その包括的対策を考える−

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櫻堂 渉文献

医療経済学的側面からの糖尿病性腎症

医療経営戦略研究所所長
櫻堂 渉

問題意識

わが国は、1950年代から今日まで疾病別医学的原価の把握について様々な試行を行ってきた。しかし、今日までその成果が医療政策に適切に反映しているとは言い難い。特に1990年代から現実的な検討段階に入っている診療報酬の出来高払いから、疾病別の定額性への移行は、その政策の決定に際し、出来高払いの下における、医療費(レセプト情報)の実績を前提にするか、あるいは2002年の診療報酬改定における小児科の診療報酬のように、政策誘導を加味した上で、個別診療科あるいは診療行為の医療費予算配分を調整するか、あるいは疾病別医学的原価に基づき、議論を進めるかといった様々な方法論が検討されるべきである。前者の2つは、従来政策担当者の間で歴史的に繰り返されている常套である。

また、疾病別の医学的原価の把握は(1)1950年代に試行されたものの、利害関係者の対立構造の中で無力化されてきたという歴史的経緯の中、今後論理的かつ客観的な医療資源の適正配分という視点に立脚し、利害関係者の調整が行われる必要がある。

これまでの医療政策上の問題は、マクロ議論の限界を明確に示している。すなわち、過去への反省から医療資源の費消に基づいた、疾病別の医学的原価といったミクロモデルに基づく議論が今後の政策決定に解決のきっかけを与えるであろう。

本稿は慢性腎不全を取り上げ、近未来の医療政策をミクロのレベルで仔細に検討するところから開始する。そして、近年慢性腎不全の中でも顕著に増加している糖尿病性腎症について検討する。そして、その結果と政策上の乖離から将来の課題抽出について検討を行う。

コスト分析の方法

1.原疾患別費用分析の概念

一般に診療プロセスにおける医療資源の消費は、疾患のステージ(入院・外来透析)、原疾患、重症度、施設機能、医療者の技術的能力により差異が生じる。疾病別の医学的原価について議論する場合、外来の人工腎臓だけを取り上げても、そこに疾患ステージなどによる差異はそれほど生まれない。むしろ、導入期や合併症に基づく入院とその治療による費用変動が大きいと考えられる。したがって、透析導入期、維持期、合併症に伴う入院期および外来の費用の総計で議論することが妥当と考えられる。また本稿では、先に述べたとおり、医療政策上の医療費(保険償還額)と疾病別原価との乖離を明確にすることを基本方針としている。そのため糖尿病性腎症だけを取り上げても、医療費と原価の乖離の根拠を明らかにすることや、診療報酬の枠組みに言及することはできない。このため、他の原疾患別慢性腎不全の原価を分析することで、相対的な比較検討を試みた。

2.原疾患別費用分析の方法

1)費用項目別の算出

腎不全における医療費算出は、全国公私病院連盟の「病院経営実態調査報告」の費用に準じ、労務費、材料費、経費、原価償却費、その他補助部門費とした。

2)原価区分と対応

医療費原価の算定におけるコスト概念は、透析を実際に行う際に医療者が患者サイドで要する労働時間、治療に際して必要な材料費、経費といった直接原価、あるいは直接的には患者サイドで消費されないものの、透析を行うためには不可欠な検査部門、画像診断、薬剤部門の様々な経費を間接原価とし、さらに医事、管理部門などの補助部門の費用で構成することとした。

直接原価の算出は、タイムスタディ調査により専門職の実稼動状況、医療機器稼動状況を調査し可能な限り精緻化した。また間接原価の算定に関しては、透析療法の件数、面積、配置人数などを係数として各経費を按分し、算出した。

3)原疾患別のコスト分析

患者1人当たりの一連の診療行為に基づく透析療法の費用を導出した後、退院時サマリー、手術記録などの患者個別の病歴データに基づき、原疾患別の患者データを抽出し、これを原疾患別のコストとした。

4)調査対象

本調査分析は、透析療法の実績経験が長くかつ入院施設を有する病院群を抽出し、透析専門病院、地域基幹医療機関の3つの医療機関を対象とした。これらの医療機関において抽出した原疾患別のサンプル数は、慢性糸球体腎炎40例、糖尿病性腎症13例、腎硬化症25例、その他80例、合計158例である。


医療費原価の結果

1.透析患者の診療行為別・医療費原価

透析患者が1年間に消費する医療資源の総計を経費項目別に分析した。その結果、透析患者は年間平均6,321(千円)の医療資源を消費していることが判明した。透析患者の原疾患別・診療行為別の医療費原価は慢性糸球体腎炎5,027(千円)、糖尿病性腎症9,159(千円)、腎硬化症6,148(千円)であった。糖尿病性腎症の原価は、慢性糸球体腎炎、腎硬化症などと比較して突出して高いことが判明した。糖尿病性腎症を原疾患とする透析患者の医療費原価の中で、入院分の医療費原価は4,605(千円)、慢性糸球体腎炎2,009(千円)、腎硬化症2,966(千円)とそれぞれ慢性糸球体腎炎の230%、腎硬化症の150%と、入院にかかる費用が多いことが明らかになった(表1、図1)。糖尿病性腎症を単独で取り上げると、総コストに占める割合が最も大きいのは入院分50.3%、次いで透析療法分39.7%であった。糖尿病性腎症の透析患者の原価は、検査、画像、手術もその他の原疾患の透析患者と比較して高く、診療密度が高いことが、費用にも現れてきている。

2.透析患者の経費項目別・医療費原価

次に透析患者の医療費原価を経費項目別(全国公私病院連盟に準じる)に分析した。その結果、患者当たりの年平均医療費原価6,321(千円)医療費原価経費項目の中で、最も多いのが材料費2,599(千円)、次いで労務費2,460(千円)であった(図2)。これを原疾患別の経費項目でみると、糖尿病性腎症では慢性糸球体腎炎、腎硬化症のそれぞれの経費項目すべてを上回る値を示していた。特に、労務費が糖尿病性腎症3,906(千円)、慢性糸球体腎炎1,823(千円)、腎硬化症2,554(千円)と糖尿病性腎症が最も高いという結果となり、糖尿病性腎症においては他の原疾患の透析患者と比較して医療者の労働負荷を要することが明らかになった。

3.透析患者の原疾患別原価率

透析患者が原疾患別に1年間に消費する医療資源と診療報酬の比較を行った。透析医療に関わる診療報酬は、人工腎臓に関する処置、各種加算、人工腎臓に関する特定保険医療材料、人工腎臓に関する食事(2001年以前)が挙げられる。そして入院・外来に伴い医療機関が透析患者に提供した施設サービスの合計と原疾患別の透析患者の消費した医療資源の比較を原価率として算出した。透析療法全体の原価率は、84.2%とコスト・パフォーマンスの高い医療と考えられた。原疾患別では慢性糸球体腎炎73.9%、糖尿病性腎症99.1%、腎硬化症85.9%となっている。各原疾患別・診療行為別の原価率からは総じて入院の赤字を、透析療法や検査、手術といった技術的収益で補い利益をだすといった構造になっている。特に糖尿病性腎症は、入院における原価率が155.8%と極めて高いことから、その他の部門の黒字で入院の赤字を補うものの、ほぼ収支が均衡するという結果となっている(表2)。



考察

前述のとおり、糖尿病性腎症の診療プロセスにおける利益は、入院の赤字分を利益率の高い検査、手術といった技術的収入や、診療単価および利益率ともに高い透析療法分で補完するという構造である(図3)。糖尿病性腎症の透析患者の治療は、糖尿病それ自体が、心臓血管、脳血管、眼、末梢血管などの及ぶ全身的な病態であることから、透析の導入期入院とともに糖尿病由来の疾病の治療に伴う入院、合併症の治療に伴う入院と、入院頻度が高まると同時に入院そのものが長期化する傾向にある。入院療養は同時に様々な診療行為を伴うことで医療費の総額は相対的に高くなる。しかし多くの慢性疾患の場合、手術や検査など比較的付加価値の高い診療行為がそれほど多くないといった特性上、入院のコスト・パフォーマンスが低いといえる。入院療養の頻度が高い糖尿病性腎症の原価率が99.1%とコスト・パフォーマンスが低い結果になっているのはこのためである。ここからマクロレベル、ミクロレベルの新たな課題が導かれる。

まず、政府の立場では、透析患者の医療資源消費の構造である。特に糖尿病性腎症が慢性糸球体腎炎の2倍であること、原価率で25%の差異が生じていることは、現行の診療報酬体系と現実の疾病別の医学的原価に乖離が生じていることを示唆している。糖尿病性腎症は近年透析導入患者の36.6%(2)と顕著に増加していることから、わが国の糖尿病性腎症治療の適正なる推移のために、今後診療報酬の枠組みの中で精緻な評価を行うという課題が導かれる。

次に医療機関の疾病戦略上、医療機関が糖尿病性腎症の入院日数の適正な管理を誤ると、ただちに赤字化することから、ここに医学的管理の経営に与える影響が浮かび上がってくる。すなわち入院のマネジメントのあり方が、糖尿病性腎症の原価率を変動させる鍵となり、医療機関は平均在院日数の短縮による診療単価(3)の改善が戦略的な目標へ帰結するであろう。

本研究は、原疾患による医療資源の消費の分析から、今後ミクロレベルの分析から得られる知見の重要性、これによる適正な医療水準の確保への有用性を示唆するものである。

謝辞

本研究を推進するに当たり、惜しみない協力と支援をいただいたバクスター株式会社透析製品事業部に感謝の意を表する。

文献

  1. 西村万理子:医療保障と医療費、P.41、東京大学出版会、1996
  2. 日本透析医学会編:わが国の透析療法の現況、P.56、日本透析医学会、2000
  3. 櫻堂 渉:経営からみた平均在院日数の短縮 − 医療機関の行動選択 − 。
    日本医工学治療学会雑誌 11(3):547、1999

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