透析フロンティア series5

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櫻堂 渉文献

 

腎不全医療と経済

医療経営戦略研究所所長
櫻堂 渉

総諭
1.医療経済全般について

 グローバル社会、高度情報化社会、インフレ、雇用問題、少子高齢化など、今や社会は好むと好まざるとにかかわらず経済と深くかかわり、経済の影響を受けている。しかもそれは日を追うごとに影響力を増加させている。医療においては、DRG(diagnosis related groups)/PPS(prospective payment system)、マネジドケア、DPC(diagnosis procedure combination)、診療情報の電子化、医療事故の報告義務化、医療特区問題など、課題や施策がこの2000年以降多様にしかも急速な進展をみせている。この動機のすべてはマクロの医療経済といえる。このような状況においては医療をどのように考えるべきであろうか。医療は医学の社会的適応である。したがって、社会が機能しえない医療は、当然その存在意義がないということになろう。すなわち医療経済の課題は、医学の社会的適応の最適化である。そして、その出発点は医療資源が有限であるという点に尽きる。

 一般に医療経済が語られる局面は、国民医療費の問題である。政府の立場では、高騰する医療費をどのように抑制するか、あるいは財政のコントロールについてなどが中心的課題である。したがって、一般に医療経済という言葉と医療政策とが同義語であるかのような誤解がある。一方、医師の立場では、患者に対して最善の医療を提供しようとする意思を前提として、医療技術の適応が経済的な視点から実現可能かどうかが最大の問題である。また、国民皆保険を前提とするシステムの中では、政府の財政支出そのものが施設経営者、医師の収入を左右するため、政策に基づく財政の配分論については彼らの考えうるすべてかもしれない。したがって、政府の主張が臨床現場における医療者の認識と乖離しており、この乖離が常に医療者側のジレンマとして問題になってきたのである。

 この乖離の橋渡しをすることが実は医療経済の役割である。しかしこれまで、医療経済は政府をして、この領域に本質的な回答を与える機会を与えられなかったし、また研究の途上であったともいえる。医療資源は有限であるから、社会としての最適化には投入する資源とこれに対する成果(アウトカム)を前提とした適正な選択と配分が求められる。適正な選択と配分とは、医学が人問性、杜会性、宗教性、文化、政治、法律などの外部環境体系と連接して社会保障と健康、幸福“well being”を達成することである(1)。つまり、医療は国民の生活の質を担うきわめて重要な国家レベルの戦略といえるのである。したがって、医療政策は何を、誰に、どのように、どの程度、提供するのかという視点に立ち、最初にこの戦略代替案を検討する。そして次に代替案を医療資源の投入と成果の視点で評価しながら、投入する医療技術を選択すべきである。たとえば、予防に対するコストの投入は、疾病発生に影響を与える。禁煙教育、肥満の解消、食事の改善は、肺癌、高血圧、糖尿病の発生に影響を与えることが知られている。これは臨床経済学の分析の帰結であり、その結果、保健の視点から医療政策に影響を与えることにつながる。

選択と配分のロジック

 一般的にサービス財の特性として、資源投入が増加するにつれて、サービスの質が上がると認識されている。すなわち、これを医療サービスに置き換えると、医療サービスの質を高めるためには、医療費を投入する必要があり、医療費の節約は、逆に医療サービスの質を犠牲にすると考えられている。この論拠から医療者は診療報酬の増加が国民の利益につながると主張する。果たしてこの論理は正しいのであろうか。ダールの概念、Dahl notion(Dahl,1986年)によれば「質は資源を節約し、生産性は資源を創造する」(1)とある。その本質的な意味は、資源投入とサービスの質は必ずしも相関しないということである。

 それでは、医療費の投入と医療の質にはどのような関係があるのであろうか。これについてはEvans(1984年)の研究による理論モデルが示唆を与えてくれる(図)。たとえば、あまり医療水準が高くない状態を考えてみよう(A点)。この状況下で医療費を投入すると、その増加に伴い、健康結果が改善されてゆく。しかし、ある一定の水準を超えたところでは、もはや医療費をさらに投入しても得られる成果(健康結果)は微増あるいは変化しなくなる(収穫逓減を示す)(2)。つまり、その国の医療水準がどの位置にあるかによって、投入する医療費と健康結果は変化することになる(A点とB点では医療費の追加的な投入による健康結果の増分が異なる)。

医療費と健康結果の理論モデル

 二木(1985年)は、わが国では医療費の追加的な投入に対する健康結果への効果が著しく低下していると指摘している(3)。このことからも、欧米諸国やわが国では曲線上のプラトーに近い領域(B点)に位置していると考えられる。つまり、これまでの医療システムの枠組みを所与とすると、医療費の投入量を増加しても、さほど健康結果は上がらず、健康結果を上げるためには医療費を大量に投入しなければならないということを示している(しかもその成果は保証されない)。この曲線が明示しているのは、近年の医療費の高騰や医療者の倫理・臨床姿勢、資源活用のあり方、医学教育、医療技術革新などのすべてを含む、これまでの医療システムの限界である。

 それでは・どのようにして医療費の節約をして健康結果を向上させるのであろうか。たとえば、B点と同じ医療費であっても健康結果が高い場所(C点)と、同じ健康結果が得られるが医療費の投入が少ない場所(B'点)を考えてみよう。このC点やB'点からなる曲線に従来の曲線を移動させるのである。つまり、同じ予後が得られる治療法であれば、医療コストの低い治療法を選択する、健康結果に影響を与えない検査や投薬、処置を止める、手術のミスや再手術を防止するなどである。また、医療費は同じであるが、健康結果の高い治療法を選択するということにより、曲線のシフトが可能になる。たとえば、内視鏡下の手術、脳血管内外科、在宅医療、さまざまな技術革新がこれに該当するであろう。重要なのは縦軸の健康結果についての考え方であるが、直接的な費用、生存年数の延長ばかりではなく、患者の苦痛、生体への侵襲度、患者の時間の損失までも考慮すべきである。この図をもとに疾病別に考えれば、たとえば慢性腎不全の治療において、患者のQOL(quality of life)の向上や時問の損失、医療事故の防止、患者に対する栄養指導、患者満足度の向上など、患者を中心とした医療体制がいかに重要か理解が進むであろう。このような視点に立つと、わが国の医療システムの新しい枠組みがみえてくるのである。

おわりに

 現在のDPCやDRG/PPSは、医療における無駄を排除するという意味では有効であろう。しかし、これまで述べてきたように、それだけでは不十分なことがわかる。そのためには同僚審査機構(peer review organization)や、外来維持透析の施設基準化、資源利用管理、患者への情報提供、インフォームドコンセントなどintangibleなコストについても医療政策に反映させなければならない。これは医療政策担当者だけでは達成が不可能なことは過去の歴史が証明している。医療政策の意思決定プロセスに医療者が患者のエージェントとして参加し、そのプロセスをマネジメントすることがきわめて重要なのである。今まさに医療者こそが、医療サービスを価値財として探求し、医療経済や医療学を患者の利益のために活用しなければならない。

●文献

  • (1)佐奈田幸夫:医療学とは.医療学.東京,病院管 理研究協会,3,10,1994
  • (2)トーマス・S・ボーデンハイマー,ケビン・グラ ムバッハ:アメリカ医療の夢と現実.下村健, 小林明子,亀田俊忠,他訳,東京,社会保険研究 所,177-182,2000
  • (3)二木立:医療経済学一臨床医の視角から.東京, 医学書院,19,1985
  • (4)Michael F, Drummond:Methods for the Economic Evaluation of Health Care Programmes, Oxford, Oxford university press, 1987
  • (5)福井次矢:臨床医の決断と心理,東京,医学書院 1988

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